2013年2月22日金曜日

「世界陰謀論」考(弐)


試しに「世界陰謀論」でGoogle検索してみると、2013年2月22日時点で、以下の順序でサイトがヒットする。「陰謀論の一覧 - Wikipedia」、「世界の陰謀論10選 | ロケットニュース24」、「陰謀論 - アンサイクロペディア」、「ユダヤ陰謀説のウソ」……。で、僕はやっぱりウィキペディアさんに情報を求めたりする。

この思考、つまり「ウィキペディアさんに情報を求めたりする」行為は、非常に危険なのは承知している。精度にも問題があるかも知れないし、誰が責任を持って記述しているかも不明だからだ。けれど、コンビニの500円本が大好きな僕にとっては、その辺のところは「まあ楽しめればいいんじゃないの」的に捉えている。

で、今回は「世界陰謀論」考の第二回。前回同様、いや、他の記事同様、あくまでも僕による僕のためのメモとして、“ネット公開情報をまとめてみる作業”をしてみる。デジタル化された、つまり電子データ化された、あるいは一度「0」と「1」のビットに分解され結合された情報の個人的収集。本稿には新発見はないはずだ。

で、今回注目したいキーワードは『シオン賢者の議定書』。英語では「The Protocols of the Elders of Zion」。この文書についてはいろいろ表現されている。「ユダヤ人の恐るべき悪魔的世界征服計画陰謀書」だったり「20世紀最大の怪文書」だったり。あるいは「ユダヤ指導者による世界の操りプロジェクト」だったり、「ユダヤ王国再興世界支配計画」だったり。

『シオン賢者の議定書』は、「秘密権力の世界征服計画書」という触れ込みで広まった会話形式の文書という。1890年代の終わりから1900年代の初めにかけてロシア語版が出版。以降、『ユダヤ議定書』、『シオンのプロトコール』、『ユダヤの長老達のプロトコル』とも呼ばれるようになったものという。

ユダヤ民族がいかに非ユダヤ人を含めた世界を統治していくか、がその内容。「世界征服マニュアル」だ。それは政治・経済から教育、報道についてまで幅広く網羅したマニュアルで、実に巧みな統治制度が提示されている。それは「偽書だ」と言っても信じない人がいてもおかしくないほどのリアルさがあった。

実際、現代の財界などでのユダヤ人の優勢などを見ると、符合部分も少なくないという。こんな表記もあるようだ。「われわれユダヤ人は、…中略…、非ユダヤ人のとうてい考え及ばぬ数々の誘惑手段を考案し、彼らを意のままに操縦してきたが、こうした頭脳手腕にかけてはユダヤ人は専門家である」。

その内容はさておき、ウィキペディア該当ページ冒頭では、「ユダヤ人を貶めるために作られた本」説が紹介されている。ゆえに「ドイツのナチスに影響を与え、結果的にホロコーストを引き起こしたとも言えることから『史上最悪の偽書』、『史上最低の偽造文書』とも呼ばれている」。信用ならぬでっちあげ本ということだ。

『シオン賢者の議定書』には、さまざまなネーミング、あるいはレッテルが貼られている。それだけ、実に興味深い文書なのだ。「で、一体この文書は何なんだよ!」となる。この文書は1897年8月29日から31日にかけて、すなわち3日間、スイスのバーゼルで開かれた「第一回シオニスト会議」の席上で発表されたという体裁の文書。

ちなみに「シオニスト会議」とは「ユダヤ人代表会議」のことで、「パレスチナにユダヤ人のための、国際法によって守られたふるさとを作る」目標があった。で、『ユダヤ議定書』あるいは『史上最悪の偽書』は、この会議での「シオン二十四人の長老」による決議文であるという体裁をとっている。

そしてウィキペディアでは「1890年代末から1900年代初めにかけてロシア帝国内務省警察部警備局により捏造されたとする説が有力」と話しを進める。「1920年にイギリスでロシア語版を英訳し出版したヴィクター・マーズデンが急死したため(実は原因は伝染病)、そのエピソードがこの本に対する神秘性を加えている」。

一般人だけでなく、あのヒトラーなども「秘密権力の世界征服計画書」を熱狂的に支持した。ヒトラーはこんな風に支持した。「歴史的に真実かどうかなどはどうでもよい。内容的に真実であれば体裁などは論ずるに足らん」。そして最終的にホロコーストを実施した。通説では600万人以上が犠牲者となった。

“出火元”ロシアでは、ソビエト時代になると発禁本とされた『ユダヤの長老達のプロトコル』。同書の所持でも死刑があり得たという。研究者からは、既に発行されていたモーリス・ジョリー著『マキャベリとモンテスキューの地獄での対話』(1864年)との表現上の類似性が指摘されている。

この「地獄対話」は、イタリア・ルネサンス期の政治思想家「マキャベリ」の名を借りて、“フランス第二帝政の皇帝”の「ナポレオン3世」が行っていた“非民主的政策”と“世界征服への欲望”をあてこすったものであるいう。代表作に『レ・ミゼラブル』があるヴィクトル・ユーゴーも、「ナポレオン3世」を痛烈に批判していた。

『シオン賢者の議定書』は、地獄対話の内容の「マキャベリ(ナポレオン3世)」の部分をユダヤ人に置き換え、大量の加筆を行ったものとされるらしい。それが判明し、1921年に英誌『タイムズ』は『シオン賢者の議定書』が偽書であると暴露した。「ユダヤ人の世界陰謀説なんてもんはねーよ!」とばらした。

『タイムズ』の編集部による『マキャベリとモンテスキューの地獄での対話』と比較した報道のため、英国では「陰謀論」熱は冷めてしまった。けれど彼の地ドイツでは違った。「オカルト」を政策の宣伝として積極的に利用、その中で本書も反ユダヤ主義の根拠として積極的に利用していった。

諸々を省略すると、「このようにプロトコルは出所も作者も曖昧だが、後年、幾つかの状況証拠から、いずれにせよ当時フランス国内で諜報活動を行っていたロシア秘密警察の幹部が部下に命じてパリで捏造したものとみられている」とある。

「数多ある偽造文書の中でも、この『シオン賢者の議定書』ほど、人類にとって災厄をもたらしたものは例がない」と言う人もいる。けれど信じた人がいた。信じた人がいたことで、あるいはあえて信じたことで、多くの命が失われた。つまり“陰謀論”は利用される存在でもあった。

ただ、実際には世界に「陰謀」は無くはないと思われる。単純な構造であれ。経済・軍事大国の米国による世界統治思想は世界に影響を与えているだろうし、某宗教団体の政党・政治活動を通じた社会的影響力の強化、世界的大企業によるロビー活動もある。というわけで、引き続き「世界陰謀説」考をしていってみる。

ちなみに、『シオン賢者の議定書』の「われわれ」の部分を自分あるいは身内の仲間たちに置き換えてみると、世界征服は可能なのであろうか。であるならば、「世界征服マニュアル」を活用している連中はいるのだろうか。いや、もしかしたら、例えば某大学の学閥みたく、すでに活用されているのかも知れない。

◇つづく

2013年1月30日水曜日

ぐるぐるグルコサミン考。


久しぶりの“記事更新”についてはスルーさせてもらうことにして、ふと「グルコサミン」が気になったものだから、この物質・存在についての情報整理をしてみたい。「ぐるぐるぐるぐるぐるこさみん♪」のテレビCMなどで、巷で販促されているソレについて。

さっそく「ぐるぐるぐるぐるぐるこさみん♪」のCMを流す世田谷自然食品のサイトを見て見ると、「累計売り上げ個数1400万個突破!」と喧伝。「多くのお客様にご愛飲いただいて」いるという。けれど該当ページを見ても、「グルコサミン」が何なのか、よく分からない。分からないような表記しかない。

おそらく医薬品等の広告規制(薬事法)の関係もあるだろう。見出しはこんなだ。「歩く・散歩など毎日の快適な生活に。大切なのは“軟骨成分”。『グルコサミン+コンドロイチン』」。「グルコサミン」とは何なのか分からない人たちに向けて、さらに「コンドロイチン」と新ワードを追加する。

「グルコサミン」とは何なのか。なぜ「多くのお客様にご愛飲いただいて」いるのか。ちょっとだけヒントになる文章があった。「グルコサミンやコンドロイチン、コラーゲン、ヒアルロン酸等は、歳とともに、不足していきます。そこで大切なのは軟骨成分です」。

続けて「新しいグルコサミンやコンドロイチン等の成分を補充してあげることをおすすめします」とある。うーん。この文章を式にすると「グルコサミンはコンドロイチンと同じ何か=軟骨成分」。「グルコサミン=コラーゲンと同じ効能を持つ」といったところだろうか。

Wikipedia先生によると、「グルコサミン」は「C6H13NO5」。「グルコースの一部の水酸基がアミノ基に置換されたアミノ糖の一つ」だそうだ。もう途端に分からなくなる。さらには「動物においては、アミノ基がアセチル化されたN-アセチルグルコサミンの形」という。

ついでに言うと、「糖タンパク質、ヒアルロン酸などグリコサミノグリカン(ムコ多糖)の成分」だってさ。辛うじて僕に通じそうなのは「グルコサミンは、自然界ではカニやエビなどのキチン質の主要成分として多量に存在している」という箇所。けど「キチン質」って何だ。

そんな風にして、巷で“ブーム”となっている「グルコサミン」については、さっぱり分からない具合なのだ。きっと高齢者の方たちも実はさっぱり分からないで“ご愛飲”しちゃっているのではなかろうか。まあ、僕たちは「ビタミン」や「たんぱく質」すらも良く知らずに飲食しているのだけれど。

少しづつ整理していってみる。「グルコース」は「ブドウ糖」。広義では「三大栄養素」の炭水化物(糖質)と同義とされる。僕たち人間はもちろん、動物や植物が活動するためのエネルギーとなる物質の一つが「グルコース」だ。「グルコサミン」はこのグルコースの一部のなんちゃらかんちゃらなのだ。

化学の世界では、「-OHで表される原子団」のことを「水酸基」というらしい。あるいは「ヒドロキシル基」と呼ぶ。この「水酸基」を持つ化合物は、「水、金属の水酸化物、酸素酸、アルコール、フェノール、カルボン酸などがある」(百科事典マイペディアの解説より)。

「グルコサミン」=「グルコースの一部の水酸基がアミノ基に置換されたアミノ糖の一つ」=「炭水化物の一部の“-OHで表される原子団”がアミノ基に置換されたアミノ糖の一つ」。うーん、「アミノ基」って何だ。「アンモニアの水素原子を炭化水素基で置換した化合物の総称」らしい。

そうやってネットに浮かぶ“知のネットワーク”を駆使しながら、言葉を取っ換え引っ換えしていく。こうして「グルコサミン」について迫りながら、まずは化学の勉強をイチからやり直さねば、との思いに至る。もしかしたら「おじいちゃん」「おばあちゃん」たちも放送大学などで勉強し直しているかもだけど。

で、別の「グルコサミン」紹介サイトを参考にすると、「グルコサミン」はカニやエビなどの甲骨類の抽出精製物。僕たちヒトでは、軟骨や爪、靱帯などにあり、軟骨細胞を形成する成分。関節部分の細胞の新陳代謝に重要な役割を果たす。という。ふむ。

そもそも加齢や運動不足などで軟骨の再生不良が起きると、腰痛や膝の痛みが発生し、関節炎などに進行することがある。そこで「そうだ! グルコサミンがあるではないか!」という図式。「膝の痛みに効く」、「関節の動きをなめらかにする」らしい。

さらには「コンドロイチン」。これは軟骨組織や関節液に存在するもので、「グルコサミン」が「コンドロイチン」の主原料となるようだ。コンドロイチンは、タンパク質、核酸(DNA)に続く“第三の生命鎖”として注目されている糖鎖化合物「ムコ多糖」という。

「ムコ多糖」。コンドロイチンは、タンパク質に結合して存在する。このことから成分的には「ムコ多糖類」という分類がされていて、「タンパク質をもつ多糖」という意味らしい。糖鎖化合物の一種で、文字通り糖が鎖状につながった複雑な形をしている。

「コンドロイチン」と「グルコサミン」は、その性質はよく似ている。ともに動物の体内に多く存在するし、軟骨の再生に大きな影響力がある。ただ、「コンドロイチン」が保湿などの特性で軟骨の維持や保護を助けるのに対して、「グルコサミン」は軟骨の再生そのものに役立つ。

よって、「グルコサミン」で再生された軟骨は、「コンドロイチン」で保護、維持されていく……。などなど、デジタルネット空間の情報を拾い集めてみると、何となく「グルコサミン」の全容が見えてきた。と同時に、人間、生命体の複雑なシステムにも気付かされる。

「生命とは何か」という問いに迫る『生物と無生物のあいだ』 (講談社現代新書)には、こんな言葉がある。「私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい『淀み』でしかない」。その分子の淀みは、加齢とともにさらに淀む。それへ抗う手段の一つが「グルコサミン」。

生物と無生物のあいだを隔てるもの。その一つには“自己複製”の有無がある。そして自己複製後、それは劣化する。僕らはその劣化に抗う。劣化以外にも抗う。抗いながら生きていく。歴史が生まれ、思想が生まれ、健康食品も生まれる。うん、実に複雑な生命・歴史・社会システムだ。

◇おしまい

2012年12月13日木曜日

スペインの現代哲学者について


さて、突然ですがスペインを代表する哲学者は誰でしょう? と訊かれても、僕は「うーん、誰がいたっけ」と即答しかねていた。哲学と言えばドイツ哲学やフランス哲学とかの“有名人”はすぐ頭に浮かぶのだけれど。僕の無知はさておき、もちろんスペインにも、そしてけっこう「哲学者」はいる。

今回はその一人、ミゲル・デ・ウナムーノ・イ・フーゴ(1864-1936)についての情報整理。それも23段落とかなり長文の整理になりますが。はい、このミゲルさんは「スペインを代表する哲学者」または「スペインを代表する文学者」とされているお方だ。詩人でもあり、劇作家でもあった。そして濃い人生を送った。

ミゲルさんは、いわゆる「98年の世代」にあたる。1898年、米西戦争が起きた年。日本では明治31年。「98年の世代」については世界大百科事典によれば、「1898年の米西戦争の敗北で祖国が最後の植民地を失ったとき、スペインの後進性を痛感し、苦悩のうちに未来を模索した作家たちを〈98年世代〉と呼ぶ」とある。

特定の思想家や芸術家ら一群に付けられた呼称「98年の世代」。その中心となったのは「《生の悲劇的感情》で理性と信仰の葛藤を論じ、それをヨーロッパとスペインとの関係にまで広げたM.deウナムノ…省略…らである」。ここではミゲルさんは「M.deウナムノ」と呼ばれているようです。

調べてみると、ミゲル・デ・ウナムーノ・イ・フーゴさん、「ウナムーノ」の呼び名が一般的。彼は“スペイン思想界に大きな影響を残した一人”で、「思想面では哲学と詩の両面から生と死、あるいは自己の問題などに取り組み、実存主義的な思想家として知られる」(wikipedia)。ん、知ってました?

スペインの現代思想家「ウナムーノ」。僕はつい先日、知りました。彼の生まれは、現在も独立運動でも有名な、スペイン北部・バスク地方のビルバオ。ピカソの絵で知られるゲルニカから約20キロ西の場所にある。この都市は現在、“スペイン北部屈指の港湾都市”で、鉄鋼業が盛んなようです。

ちなみにピカソの『ゲルニカ』に触れておくと、「スペイン内戦」の1937年、フランコ将軍を支援するナチスがゲルニカを空爆。その「史上初の都市無差別空爆」を聞いたピカソが抱いた激しい感情・思いをぶつけた絵が『ゲルニカ』だ。今回の“主人公”ウナムーノは出身地近郊で起きたこの空爆の前年に他界している。

話は1880年、あるいは僕が横浜で生まれたちょうど100年前に戻ります。ウナムーノはスペインで2番目に古い歴史のマドリード大学へ入学し、文学・哲学・言語学を専攻。で、その後を端折ると、彼は博士号を取得後、個人教授となります。そして社会主義に傾倒したり、結婚したり。やがて名門サラマンカ大学で、ギリシア語の教授に就任。

1895年、日本では明治28年、ウナムーノは『生粋主義について』を発表。これは、「スペインの歴史を振り返り、真のスペイン思想やスペイン国家とは何かを説いた著作」(wikipedia)で大きな反響を呼ぶ。その翌年もウナムーノ史での重大出来事。誕生した息子が、脳水腫で他界した。このことは、彼に「死」の問題を突きつけた。

ところでウナムーノが教授に就任したサラマンカ大学は、1218年設立の現存するスペイン最古の大学だ。「知識を欲する者はサラマンカへ行け」と言わしめた名門校で、オックスフォード大学やパリ大学、ボローニャ大学などとともに欧州でも設立の古い大学の1つと知られている。ん、これは知ってました。

このサラマンカ大学は、サラマンカの旧市街とともにユネスコの世界遺産に登録。スペインの大航海時代は天文学などに基づいた航海計画などで支え、宗教改革後は欧州におけるカトリック神学の中心地としてカトリックを支えた。スペインの繁栄を支えた智の殿堂と言える。

そんなサラマンカ大学の総長に1900年、ウナムーノは選出。つまりスペインの知の最高峰の最高位に就任した。この頃に「実存主義の創始者」あるいは『死に至る病』(1849)で有名なキルケゴール(1813 - 1855)の哲学を知り、デンマーク語を修得。キルケゴールの思想は、ウナムーノの実存主義的な思想に多大な影響を及ぼした。

「ウナムーノはヨーロッパ思想界の中でもかなり早い時期からキルケゴールの思想の独自性に注目していた先駆的な存在であった」との記述もあるように、いま多くに知られたキルケゴールと、“当時のキルケゴール”は、きっと違う。そんな中で彼は彼を見出した。ウナムーノ、キルケゴールを発見。

生誕40周年の1904年、日本では日露戦争開戦の年、ウナムーノは『ドン・キホーテとサンチョの生涯』を執筆。この著書は、ウナムーノの代表的な作品と言われる。セルバンテスが描いた「ドン・キホーテ」の生き方に、真のスペイン人としての生き方・倫理観がある、とのウナムーノの考えが反映されている、という。

『ドン・キホーテとサンチョの生涯』。ウナムーノは、自らを伝説の騎士と思い込んだ主人公「ドン・キホーテ」を自分流に解釈し、人生や死の問題、あるいは自己というものにアプローチした、ようだ。で、その後『人間と民族における生の悲劇的感情』(生の悲劇的感情)を出版。これはこれで彼の哲学の代表作となった。

駆け足の“ウナムーノ史”となっている。1914年、第一次世界大戦が勃発。その年、ウナムーノは「反政府的」という理由で、大学総長を罷免される。独裁政権を強く批判していたことが響いたのだ。さらにはサラマンカからの追放も決まり、カナリア諸島への島送りされた。最も大陸に近い島でも、アフリカ大陸から100km強の距離の諸島へ。

後にカナリア諸島から脱出したものの、1930年までフランスで亡命生活を余儀なくされる……。そんな彼の人生をざっと眺めていると、「人生何が起こるか分からない」と思う。なぜなら、この一連の政治的事件で、ウナムーノに一層注目が集まることになったからだ。独裁政権が崩壊し、ようやくサラマンカに帰った彼は、市民から熱烈な歓迎を受けたという。

長いウナムーノの人生も、そろそろ佳境に入る。ここまで、まとめ過ぎた。「1864年バスク地方出身→学生→大学教授→総長→追放→亡命生活(カナリア諸島とフランス)→帰国」。「わけ分からん」というくらい駆け足した。で、1931年、 故・いかりや長介が生まれた年に、スペイン第二共和政が成立した。

「スペイン第二共和政」は、1939年にフランシスコ・フランコが独裁体制を固めるまで続いたスペインの共和政体。王族は国外へと追放された。そんな折、ウナムーノは国会議員になる。その3年後、サラマンカ大学終身総長になる。不死鳥のごとくの復活。けれども1936年に「スペイン内戦」。彼は反戦を説いた。で、再び大学を追放された。不死鳥、再び散る。

知の巨人でもあった不死鳥は、散ったまま終わった。1936年12月31日、ウナムーノは失意のまま、自宅で72歳で息を引き取った。最後に見た天井は、どんな風に見えたのだろうか。72年間、文筆しまくり、大学総長にもなり、フランスでも暮らし、政治家にもなって。その果てにあったのが、自宅軟禁だった。

彼の思想はその後、哲学者・オルテガ(1883 - 1955)など、スペイン哲学に大きな影響を与えた。というウナムーノの生涯。その大きな影響を与えた思想については、今回ほとんど何も触れてもいないのだけれども、または今後も触れそうにないけれど、「スペインの現代哲学者について」考。スペインを代表する哲学者に、ウナムーノさんがいました。その発見と、記憶定着作業。

ウナムーノさん(1864-1936)の復習。「スペインを代表する哲学者」または「スペインを代表する文学者」で、詩人であり、劇作家でもあった。「98年の世代」で、実存主義的な思想家。「サラマンカ大学総長」になったり、『ドン・キホーテとサンチョの生涯』を執筆したり。国を追われ、帰国後に国会議員になったり。そして日本で「二・二六事件」が起きた年に、72歳で逝った。

実に濃い人生。まとめるのもシンドイほど濃い生涯だ。自分が書いた以上の文章すら、僕は読み返したくないほどだ。長文にならざるを得ない複雑な人生を経て、ただでさえ賢い部類の人の世界観が、一般人、あるいは凡人と同じはずがない。もう一度、彼の死の床から見た天井がどのように見えたのか、想像してみる。

◇読了おつかれさまでした


2012年12月3日月曜日

睡魔撃退テスト体験考


午後7時過ぎ。いま、僕は猛烈な眠気の中にある。いや、今日一日中、睡魔と戦い、現在に至っている。いまのところ睡魔に負けて仕事中にうつ伏せで寝てしまう、という状態は間逃れてはいるのだけれど、寝て良いなら今すぐ僕は眠りにつきたい。

きっと先週の睡眠不足が響いているのだろう、と自己分析している。先週は調子に乗って、明け方まで起きる日々を過ごしてしまった。平均睡眠時間は3〜4時間くらいで、酷い日は1時間半くらい。これではまともに思考できなくて当然だ、社会人に悖る。

僕は以前、この「週刊哲学タイムズ」で、眠気について浅い考察をしてみた。題して『なぜ寝る、起きるのか?論』(2012年5月25日)。改めて自分の論考を読んでみると、案の定、大した中身ではない。読んでいて恥ずかしくて、やや目覚ましにもなったりする。

その駄文をまとめてみると、こんなだ。と、自分の文章をまとめるレアな作業に取り掛かる。「まず僕らはなぜ寝るか。肉体的・精神的休息や回復、記憶の再構成といった目的があるが、いずれにせよ脳と関わっている」。脳からの「成長ホルモンが、睡眠時は特に多く分泌」する。

「そのため肉体的ダメージの回復が促進」される。「それはそうだとして、実は『僕らはなぜ寝るのか』は、科学的にまだよく分かっていない部分が多い」。うんぬんかんぬん。結局、「覚醒」について触れてみてはいるけれど、“解答”はそこにはない。

ちなみに「僕らはなぜ寝るのか」の解答については、今回の駄文にも、ない。眠い、眠いけど覚醒しなければいけない。こうなったら激辛ラーメンでも食べるしかない、けれど今「蒙古タンメン中本」に行くわけにはいかない、どうしよう、何して自分を覚醒に導こう。

その自分への回答として、「そうだ、駄文を綴って脳を活性させよう」「こっそり公開中の“非公開ブログ”を使ってみよう」「タイピングも脳活性に効果ありそうだし」なんてことをうとうと思いつき、いま実行してみている次第だ。そして実際、思惑通りになってきたような。

言語使用回路を強制的に始動させる、という実験としてみれば、この睡魔撃退方法、なかなか有効なのかも知れない。うん。みるみるうちに視野がクリアになってきたような気がしてもいる。言語使用回路を強制的に始動させる、すなわちニューロンの動きの活性化。

ちょっち調べてみると、この方法は科学的にも間違っていなさそう。脳内活動が活発化するとき、血流も増加する実験結果をネットで発見したからだ。血流が増加するということは、運動して覚醒する状態と大差ないとも言える。ドーパミンも関係しているかも知れない。

この「ドーパミン」は、中枢神経系に存在する神経伝達物質のこと。心拍数や血圧を上げるアドレナリンや、集中力に関するノルアドレナリンの前駆体でもある。でもって、ドーパミンは運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わている。

まあそれはよいとして、体感的に僕は睡眠撃退法として「これはいける!」「とりあえず思っていることをタイピングしていくのは有効じゃん!」との確信に至っている、この10分程度の間で。そこに今回の記事・記録に価値を付加してみる。個人的なメモとして。

毎日僕らは寝て起きてを繰り返しているのだけれど、結局なぜ眠るのか、なぜ起きるのか、いまいちうまく説明できない。少なくとも僕は。宇宙の仕組みや太陽の動きにともなう朝と夜、生態リズム。奥深く神秘的な自然科学の話にまでなってしまいそうだしね。

◇おやすみなさい

2012年11月28日水曜日

「ゲシュタルト崩壊」について


「ゲシュタルト崩壊」という心理学用語がある。これは実に面白い現象で、誰もが経験したことがあると思う。僕もあった。たとえば、ある漢字一字をずっと眺めていると、その文字が何でその文字なのか、何と読むのか分からなくなってしまう、っちゅーあの経験。

その一例はこんな感じ。哲学の「哲」の字をずっと見る。ずっと見ていると、「折」と「口」に分解されてくる。「折」は「折」で、「扌」と「斤」に分解されてくる。構造がバラバラになってくる。次第にこれまで認知できていたものが認知できなくなってくる。

次第に僕はバカになってしまったのかな、とも思えてくる。そんな自分の脳ミソに疑いを抱いてしまうこの「ゲシュタルト崩壊」が「ゲシュタルト崩壊」ということを、僕は今年になって初めて知った。「えー今まで知らなかったの?」、「うん。。。。」。

ゲシュタルト崩壊を起こしやすい文字で有名なのが「借」だ。ほかにも「傷」や「今」、「を」「ル」も、ゲシュタルト崩壊を起こしやすいと言われている。一つのまとまった構造から全体性が失われ、個々の構成部分に切り離して認識し直されてしまいがちな文字たち。

全体性への認識が失われてしまうのは、文字だけではない。「幾何学図形、文字、顔など、視覚的なものがよく知られるが、聴覚や皮膚感覚においても生じうる」と、ウィキペディア先生は教えてくれる。聴覚や皮膚感覚においてのゲシュタルト崩壊?

正直、聴覚や皮膚感覚においてのゲシュタルト崩壊については、ぱっとその経験を思い浮かばせられないけれど、あるみたい。そんなわけで、これから僕は、五感を研ぎ澄ませ、日常生活におけるゲシュタルト崩壊日誌をつけてみようかな、なんて思ったりもする。

世界の心理学者たちにより、「ゲシュタルト崩壊」についての研究が進んでいる、と思いきや、「発生要因については未解明な部分が多く、…中略…比較的高次な認知情報処理過程によって発生することがわかる程度」と実はあまり解明されていない。

ただ、「静止網膜像のように消失が起きない」ことなどから、感覚器の疲労や順応によってその現象が起きているのではないようだ。人間の心理、人間の認知、人間の脳ミソ……実に興味深い。自分自身の知覚システムすら理解しないで、生活しちゃっている凄み。

ちなみに「ゲシュタルト」はドイツ語で「形態・姿」という、まとまりのある構造を意味するそうだ。心理学の一学派に「ゲシュタルト心理学」もあり、人間の精神は部分や要素の集合ではなく、全体性や構造に重点を置く。20世紀初頭にドイツにて提起された。

ってことで、最後に、“人格崩壊”に至らしめられるとの怖い話しもある「ゲシュタルト崩壊」をもっかい経験してみたい。ルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。

哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学哲学……、ちょっち怖いね。

◇おしまい

2012年11月16日金曜日

思想と表現の狭間について


ずっと長い間「週刊哲学タイムズ」の更新を怠った。「おいおい、全然『週刊』じゃないじゃん!」といった突っ込みもある。まあそもそも当初から「週刊」ではなかったのだけれども。で、久しぶりにやや“何かを書き留める”といった時間ができたので、更新してみんとするなり。

で、何についてかというと、思想と表現の狭間についてです。この更新していなかった期間、僕は何も考え事をしていなかったかというと、そうではない。その考え事の対象や内容、質はともかくとして、僕なりに何かを悩んだし、何かについてやや深めに考察もした。先日は恩師の他界もあった。

ただ、この間の僕の考え事は何かに記録されているかと聞かれれば、「ノー」だ。だから僕が何かを考えていたとして、その証拠はない。仮にアインシュタインの相対性理論よりも画期的な考察や理論を組み立てていたとしてもだ。あるいは一つの教義を生み出していたとしても。

考える。けれど記録にない。考察の証拠はない。証拠がなければある考えについて誰かが何か思想的影響を受けることもない。もしかしたら「何も考えていない風がかっこいい」などとある芸能人の影響を受けるファンみたいなのはあるかもだけど。

僕がここでちょっと触れておきたいのは、記録に残されていない人々の考察についてだ。以前僕は「思想家とは何か」について“思想”した。多くの思想家、哲学者の名前を挙げてみたけれど、他にもまだまだ思想家と呼ばれる人々はいたし、今もいる。とてもたくさん。

ローマ帝国の政治家でストア哲学者のセネカ(BC1- 65)、日本では絶大な尊敬を集める弘法大師または空海(774 - 835)、インドの宗教家でヨガの行者としても知られたラーマクリシュナ(1836 - 1886)……。

とにかく、多くの思想家たちが、「思想家」たらしめているのは、その言動や発表した思想に基づいての評価と言える。つまり表現者でなければ「思想家」とは見なされないかも知れない、と僕は思うのだ。と、僕は何かを思っていることをブログで表現する。

では表現しなければ、思想家足りえないのか。そうではない。そうではないけれど、近所のスーパーのレジのおばさんや、工事現場の警備員たち、あるいはぶすっと国会議事堂で座る政治家のおじさんたち。誰でもよいのだけれど、何かを表現しなければ、思想家とはみなされない。

「別に思想家とみなされなくてもいーんですけど」という人はごまんといるだろうけれど。ただ、「一般人」と「哲学者」あるいは「思想家」との間にあるものを、ちょっとまとめてみたいと思う。まずは僕の頭の中で。そしてそれが何かで表現されるかどうかは不明だけれど。

思想は表現とつながってこそのものではないのだろうか。そんなことをふと思った次第、再確認した次第なのであります。何をいまさら気付いてんだ、といった意見はごもっとも。意見あっての考えや指向の見える化なのであります。

◇おしまい

2012年11月5日月曜日

不可知論は不価値論なのか考


「ふかちろん」と読む「不可知論」。英語では「 agnosticism」。今回は、この「不可知論」について、簡単にまとめてみる。ちなみにあの著名な投資家、ウォーレン・バフェットさんも、不可知論者とのことのよう。不可知論者、世界最大の投資会社トップを含め、結構多くいるみたいです。

さて「不可知論」。この言葉は「1868年(あるいは69年)にトマス・ヘンリー・ハクスリーによって造語された」とはウィキペディア。ハクスリーは英国の生物学者で、「ダーウィンの番犬(ブルドッグ)」の異名がある。チャールズ・ダーウィンの進化論を弁護した。

「Yahoo!百科事典」では「不可知論」はこう解説されている。「不可知論の起源を古代ギリシアのソフィストや懐疑論者にまでさかのぼって考えることもできる」、「しかし神の本体は人間によっては知られないとする中世の神学思想から始まるとみるのが妥当であろう」。

続けて「つまり、人間は一種の知的直観であるグノーシスgnosisによって神の本体を直接知ることができるとするグノーシス派や本体論者の主張に対し、そうしたグノーシスを否定するのがアグノスティシズム、すなわち不可知論である」。

とても分かりづらい。この説明だと「グノーシス主義」を知っている必要がある。この思想は、1世紀に生まれ、3世紀から4世紀にかけて地中海世界で勢力を持った古代の宗教・思想の1つ。「物質」と「霊」の二元論に特徴がある。世界や事物の根本的な原理を「物質」と「霊」とする世界観だ。

そんなわけで「グノーシス主義」は「自己の本質と真の神についての認識に到達することを求める思想傾向を有する」とされる。また同主義は、地中海世界を中心とするもの以外に、イランやメソポタミアに本拠を置くものもあるようだ。

代表的なグノーシス主義宗教はマニ教になる。サーサーン朝ペルシャのマニ(210年 - 275年ごろ)を開祖とする宗教で、かつてスペイン・北アフリカから中国にかけてのユーラシア大陸で広く信仰された。が、現在ではほぼ消滅したとされる。

話しは脇道をさらに進む。「グノーシス主義」について。この世界観では、「物質からなる肉体を悪」とする結果、道徳に関して、2つの対極的な立場が現れた。1つは禁欲主義となり、マニ教となった。一方では、「霊は肉体とは別存在=肉体汚してOK」の公式で、不道徳をほしいままにした。

この「グノーシスgnosisによって神の本体を直接知ることができるとするグノーシス派や本体論者の主張に対し、そうしたグノーシスを否定するのがアグノスティシズム、すなわち不可知論である」。まだ分かりづらい。そして、じゃあ「本体論者」って何?となる。

本体論、これは神の存在証明における論理の一つだ。あるいは「存在論」。「goo辞書」では、「あらゆる存在者が存在しているということは何を意味するかを問い究め、存在そのものの根拠またはその様態について根源的・普遍的に考察し、規定する学問」とある。いわゆる伝統的な哲学の基礎的思考作業だ。

そんなわけで「Yahoo!百科事典」から解いていくと、結局「不可知論」が何だか分からなくなってきそう。ウィキペディアは、「神学に関する命題の真偽、また客観的本質的な実存は本質的に認識することが不可能である、とする宗教的、あるいは哲学的な立場」とまとめている。

神学に関する命題とは、形而上の存在、死後の世界、神の存在、神のお告げなどのこと。そして「神はいるともいないとも言えないのだ」とする“公平な中立的不可知論”と、“無神論者であると言明するのがはばかられる場合に用いられる消極的無神論”があるとする。

積極的な無神論者には、『利己的な遺伝子』で知られる進化生物学者のリチャード・ドーキンスがいる。僕は読んでいないのだけれど、彼は著書『神は妄想である』には、英国の知識人集団では97%が無神論か不可知論に属すると述べているという。

不可知論とは何か。「goo辞書」では、「経験や現象とその背後にある超経験的なものや本体的なものとを区別し、後者の存在は認めるが認識は不可能とする説」とある。「また、後者の存在そのものも不確実とする説」とある。まだ分かりづらいかも知れない。

そこで「世界大百科事典 第2版」。これは分かりやすい。遠回りせず最初からそう言えばいいではないか、となる。「一般に,事物の究極の実在,絶対者,無限者,神は知られえぬと説く立場を指す」。僕らは神について知りえない存在と認めること、になる。

残念ながら「不可知論」を軽く研究したところで何も生まれない。けれども割りと多くの人々が、無意識に「不可知論者」なのかも知れないと僕は思っている。つまり割りと多くの人々が、勝手に「不可知論者」に分類されているのかも知れないと思っている。

ただ、なぜ「不可知論」なのか、「不可知論」の優位性はどこにあるのか。その辺について僕らは考えていく必要がある。ただ何となく「不可知論」では弱い。なぜ僕らに絶対者を知覚できいないのか、そういうシステムはどうしてあり得るのか。知覚してないからそう思うだけなのか。

真実を神、絶対的な何かとするならば、この「不可知論」の奥深くに内在する真実に届くことができるのだろうか。不可知論的には、きっと無理になる。僕たちは事物の究極の実在は知られ得ぬ存在ということであるのが正しければ。そうであれば哲学する意味はどうなるんだろう。

◇おしまい