2012年9月4日火曜日

【気象考(7)】「法令」編



気象予報士になるための試験では、「予報業務に関連する法令」の学科試験も盛り込まれている。そう、僕が嫌いな「法令」。一つ一つ覚えるのが大変というのもあるけれど、どうも“決まりごと”が苦手な僕には「法律や法令、法規を学ぶ」という行為ができない性格のようだ。

僕が「法令」や「ルール」が嫌いなのは、恐らく99%の確率で「僕の知らないオッチャンたちが、勝手に決めたルール」の一つだからかも知れない。とはいえ僕は、その時その時、必要なルールは勉強はした。たとえば自動車免許取得のための「道路交通法」や、教職採用試験のための「教育法規」になるけれど。

で、「予報業務に関連する法令」も、気象予報士試験のためのもの。この法令を分解すると、「気象業務法」や「災害対策基本法」「水防法」「災害対策に関連消防法」がある。試験では学科試験(5者択一のマーク試験、一般知識・専門知識各15問)の「予報に関する一般知識」の中で4~5問、出題されているようだ。

まずは基本のキ、の「気象業務法」。この法律は、“気象業務の健全な発達”を図り、「災害の予防」、「交通の安全の確保」、「産業の興隆等公共の福祉の増進」に寄与するためにある。とオッチャンの誰かが決めた。また「気象業務に関する国際的協力を行うことを目的とする」。

予報は全て「自然科学的方法による観測の成果」に基づくことが定められている。つまり「自然科学的知見を駆使して気象、地象及び水象を予想し発表すること」。ここには迷信や宗教、祈りが入り込余地はない。「天の神」は「天」の予報・予定から離れる。法的に。

気象予報を行うのは、基本「気象庁」。その役所以外の者が予報業務を行う場合には、「予報業務の目的期及び範囲を定めた気象庁長官の許可が必要」となっている。つまりデータをばっちり収集できても、勝手に予報はしてはいけない。天気予報は、それだけ重要かつ生活・生命に関わるものなのだ。

では「気象予報士」は法的にどんな位置づけか。と言うと、「予報業務許可事業者」なくてはならない一方で、「予報業務許可事業者」の業務のうち現象の予想以外、例えば「天気予報の解説」、「事業者の経営」などについては気象予報士である必要はない。医師の診断・病院経営と似たところはある。

「気象予報士」になるためには、「気象予報士試験」に合格し、気象庁長官の行う登録を受けなければならない。そして予報士試験に合格した者は、予報士となる資格を有しているだけ、な扱い。実際に予報士として活動するためには、面倒なことにも気象庁長官の登録を受けなければならない。予報業務許可も必要だ。

「警報及び注意報」に関しては、こんな。「気象庁以外の者は、気象、津波、高潮、波浪及び洪水の警報を行ってはならない」。しかし緊急時は別で、「津波に関する警報を適時に受けることができない地の市町村長は、例外として津波警報を行なうことができる」。加えて「水防法の規定による水防活動の利用に適合する警報」も例外。

「災害が発生するおそれがある異常な現象を発見したものは、遅滞なく、その旨を市町村長又は警察官若しくは海上保安官に通報しなければならない」とする「災害対策基本法」や、「水防法」や「消防法」などなど。これらがこの業界のルールであり、基本マニュアルになる。

もちろん“決まりごと”には、面倒な文章とは異なるものもある。誘導単位の「N」(力)を「ニュートン」と読むとか。その「ニュートン」については「質量1kgの物体に対して1ms-2の加速度を与えるために必要な力」とすること。よって、「N=kgms-2」とすること、とか。

さらには「重力によって生じる加速度はg=9.8ms-2であるため、1kgの物体に働く重力は9.8N」、よって「1kg重=9.8N」となるとするとか。科学めくと、急速にチンプンカンプンですね。うん。他にも、1m2あたりに働くN単位での力は「Pa(パスカル;圧力)」とする、とかもあります。天気予報業界、恐るべし。

◇おしまい

2012年8月29日水曜日

「アイザック」について


今日のニュースのトピックスには、こんなのがある。「米国立ハリケーンセンター(NHC)によれば、メキシコ湾を北上していた熱帯低気圧『アイザック』が28日、ハリケーンとなり、米南部ルイジアナ州に上陸した」(産経新聞)。

オバマ大統領はルイジアナ州に続きミシシッピ州に非常事態を宣言。時事通信によれば、「一帯では2005年、ハリケーン『カトリーナ』の直撃により約1800人の死者が出ており、最大の被災地となったニューオーリンズ市内は厳戒態勢に入った」という。

カテゴリーは5段階で一番弱い「1」。しかしながら、計4州が非常事態宣言を出して警戒を強めている。そんな「アイザック」について哲学者が語る時、ほとんどは物理学者の「アイザック・ニュートン」だろう。あるいはトリビア好きなら作家の「アイザック・アシモフ」だ。

どんな経緯でメキシコ湾を北上した熱帯低気圧が「アイザック」と名付けられたかは、僕は知らないけれど、そんな「アイザック」について、あえて「気象考シリーズ」ではなく、「アイザック考」で、つらつら書き留めておきたい。特に「アイザック」に思い入れはないのだけれど。

Wikipedia教授によれば、「アイザック(英語: Isaac)は、英語(特にユダヤ人)でポピュラーな名前(ファーストネーム)の1つ」とある。ギリシア語読みは「イサキオス」。旧約聖書の『創世記』に登場する「イサク」の英語読みという。

なるほど、「アイザック」はあの「イサク」だったのか、と一人納得してみる。イサクの父の方が有名で、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の始祖、「信仰の父」とも言われるアブラハム。母はサラ。サラは「サライ」とも呼ばれている。

イサクの父「アブラハム」。ユダヤ教の教義では、全てのユダヤ人の、またイスラム教の教義では、ユダヤ人に加えて全てのアラブ人の系譜上の祖とされている。彼の妻サラは不妊の女だった。と旧約聖書である。

アブラハム夫妻は子どもを持つことなく年老いた。サラは90歳になった。けれど神はサ二人に子どもを授ける。神は「イサク(彼は笑う)と名付けよ」と言った。でも非情な神は、幸せを与え、その幸せを奪う神でもある。

アブラハムの信仰を試そうとして、神はアブラハムに「イサクを生け贄に捧げよ」と求めた。焼き殺せ、と言った。神に従順なアブラハムは、泣く泣くこれに従った。当のイサクも、焼かれる直前になって、自分の運命を悟った。

このイサク生け贄物語(『創世記』22章1節〜19節)は、最終的にはこうなった。アブラハムが息子を屠ろうとしたその瞬間、神はアブラハムの信仰の確かさを知ってこれを止めた(イサクの燔祭)。神はアブラハムを祝福し、「あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう」と言った。

アブラハムの名前は、第16代アメリカ合衆国大統領「アブラハム・リンカーン」などに引き継がれている。アブラハム・リンカーンは、しばしばエイブ (Abe) の愛称で呼ばれた。日本的な表記をすれば、「Abe」は「阿部」になる。で、「イサク」は「伊作」になる。

ある種最強の名前、「阿部伊作」。ネットで検索してみたら、「阿部伊作」さん、おりました。恐らくその意味を知っての名付けと思われるが、仮に狙ってなかったとしたら、それはそれで面白い。気付かないうちに、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の始祖とその息子をまとっている次第。

ちなみに先に登場したアイザック・ニュートン(1642年 - 1727年)。Wikipediaには、「アイザック・ニュートンのオカルト研究」というページまである。「ニュートンは現在ではオカルト研究に分類される分野の著作も多く著しており、年代学・錬金術・聖書解釈(特に黙示録)についても熱心に研究していた」とある。

なんだか僕の関心対象と似ているな、と思う。なんだか僕の思考回路と似ているかもな、とも飛躍する。ニュートンは、現代で言うところの"科学的"研究の成果よりも、むしろ古代の神秘的な英知の再発見のほうが重要だと考えていたという。

僕が「アイザック」の名前に魅かれたのも、ニュートン好きだったからかも知れない。経済学者のケインズは、「ニュートンは理性の時代の最初の人ではなく、最後の魔術師だ」と発言したようだけれども。

◇おしまい

2012年8月21日火曜日

なぜ「鉄道オタク」になりたいか

Coming すーん。

「進化論」考。


恐らく「進化論」をテーマにした論考を、たった5~10分程度のタイピングでまとめてしまおうとするのは無謀というより論外かも知れない。いろいろ思うトコ、知識としてまとめておくべきことは多すぎるからだ。でも今の僕には、長文をタイプする時間・余裕がない。

たとえば「ダーウィン」について。「進化論を否定する米国の保守的キリスト教」について。あるいは「ラマルクの進化論」や「遺伝」について、または「ミッシングリンク」「有神論的進化論」「ウイルス進化説」「遺伝子の水平伝播」について。言葉としての「進化と進歩」について。

たとえばカトリック教会では1996年、前ローマ教皇のヨハネ・パウロ2世が「進化論は仮説以上のもの」としている。さらには「肉体の進化論は認めるが、人間の魂は神に創造されたもの」だと述べている。一方、米国・ケンタッキー州には、進化論を否定する創造博物館がある。

僕らはそんな世界に生きている。人類は進化あるいは退化し、「進化論賛成者」と「進化論否定者」を生み出している。進化あるいは退化して、そんな両極端を生み出した。「進化」や「退化」で、人間の、人類の歴史を読み解こうという試み。思考。模索。

実験・研究・思索。人類はさまざまな活動を通じて、「進化論」をもんできた。サルにはできない。サカナにもできない。コオロギにも、「進化論」探究は無理だ。でも人類はそれをしてきたし、今後もしていくだろう。この差は何か。ってことで「進化論」。

「インテリジェント・デザイン(ID)」という考え方がある。「知性ある何かによって、生命や宇宙のシステムが設計された」とする説だ。キリスト教徒には分かりやすい概念。要するに一神教的解決論。1990年代にアメリカの反進化論団体、一部の科学者などが提唱した。

この考え方はカルトや秘密結社にも通じるものがある。宇宙人が人間を創造した、という説もある。設計者が僕らを創造した。そこに「進化」というシステムの設計もなされた、と考えてもよいのだけれど、反進化論者は「ID」をそうは捉えない。捉えたくない。

最後に、Wikipedia先生が「進化理論の発展」を語るところをコピペ。時短あるいは省エネ。「ダーウィンが提案した進化理論の中で、共通祖先からの進化、…省略…、種分化と分岐による生物多様性、適応進化における自然選択の役割は、現在の進化学においても揺るぎのない枠組み」となった。

一方で、「20世紀中盤に進化学に加わった中立説は、分岐系統学に新たな証拠を提供し」た。この中立進化説は「自然選択の働かないランダムな進化過程のメカニズムを明らかにしようとしている」という。これは突然変異と遺伝的浮動が進化の主因であるとする説のこと。

現在、「集団遺伝学、生態学、生物地理学、古生物学などの総合的な分野として発展してきた進化学は、さらに、分子生物学、進化ゲノム学、進化医学など、様々な分野の進展を取り込みながら、確立された科学の一分野として発展」。幅広く、奥深くなっている。

近年は、「発表される様々な報告や機構の提唱などは、基本的にダーウィンの考えた大まかな進化の枠組みを基盤として、さらに発展させる方向に進んでいる」。 しかし、「一部の学者はダーウィニズムやネオダーウィニズムを原理主義であると考えており、科学ではないと言う見解がある」。

以上の抜粋部分が、「現在の“進化論”」。この中で登場した「中立説」は、国立遺伝学研究所の木村資生によって、1960年代後半および1970年代前半に発表されたもの。日本人も「進化論」の進化に、大きく影響を与えている、という一面を見ることができる。

ダーウィンが書いた『種の起源』(1859年)から160年以上経つ。「進化論」はどこまで進化するのか。人類はどこまで進化していっちゃうのか。進化とは退化なのか。思うところは尽きません。

◇おしまい

「Google」不親切論。

Coming すーん。

2012年8月17日金曜日

【気象考(6)】「うろこ雲」編

まだ夏休みを取らず“夏全開を大満喫”しないまま、気付けば「秋の空」になりつつある。空を見上げると、うろこ雲がダーンと見えているのだ。速攻で駆け抜けていく夏に向けて「もうちょっと待ってくれよ〜」と手を向けても仕方ない。こうしている間にも、地球は確実に公転し、次の季節を連れて来る。

で、「うろこ雲」。「巻積雲(けんせきうん)」という。ウロコみたいに雲片が群れて浮いている雲。呼び方はいろいろある。「鰯雲(いわし雲)」だったり、「さば雲」だったり。その見え方次第だ。なんだったら「豹柄雲」と呼んでもいい。

その浮いている高さに特長がある。上空高く、高度 5 〜 15 kmのあたりに浮いている 。だから基本雲形(十種雲形)の一つ「高積雲(こうせきうん)」とも区別される。「高積雲型うろこ雲」の場合、「まだら雲」「ひつじ雲」「叢雲(むら雲)」とも言う。

ただ、僕の説明順序などで紛らわしいのだけれど、「巻積雲」と「高積雲」は厳密には別物でもある。「高積雲(まだら雲)」は「巻積雲(うろこ雲)」よりも塊、雲片が大きく、はっきりとした白色をしている。判別が難しい。

「巻積雲」と「高積雲」の見分け方としてよく紹介されているのは、
・雲のできる高さ(巻積雲の方が高い)
・一つ一つの雲の大きさ(巻積雲の方が小さい)※天空上での見かけの大きさ(視角度)が1度より小さいものが巻積雲
・雲の薄さ、光の透過具合(巻積雲の方が薄い)※太陽の光が透けるため、影ができない
といったものがある。「まあ、どっちでもいいっしょ!」という人もいる。

wikipedia教授によると、巻積雲はその形状で、「層状雲」「レンズ雲」「塔状雲」「房状雲」に分類されることもある。「温暖前線や熱帯低気圧の接近時には、巻雲の次に現れるため、順番にこの2つの雲がみられると天気の悪化が近づいている」らしい。

「国際式天気図に使用される雲形記号においては、十種雲形の中で唯一、巻積雲を表す記号だけが1種類しかない」。ちなみに“十種雲形”とは、巻雲、巻積雲、巻層雲、高積雲、高層雲、層積雲、層雲、乱層雲、積雲、積乱雲の10種類のことを指す。

“十種雲形”は1894年、スウェーデンのウプサラで開かれた国際気象会議で決まった。それぞれの雲は、浮かんでいる高さから上層雲、中層雲、下層雲に分けられる。「絹積雲」と書くこともある「巻積雲(うろこ雲)」は、空の高いところにできる上層雲。記号は「cirrocumulus」の英名から「Cc」。

……なんてゆー雲が、8月中旬に浮かんでいるのでございます。

◇おしまい

2012年8月13日月曜日

思想家とは何か考2


「思想家とは何か」について思想するなら、まず「思想」について思想しなくてはならない。そう思想する。つまり「考える」とは何か、という問題だ。誰もが知っての通り、「考える」とは脳内現象、器官での神経細胞などの運動と言える。それゆえ僕らが「考える」ことを考える際、やはり脳器官についても考える必要がある。

では「脳」とは何か。僕らの頭蓋骨に収まったこの器官には、千数百億個もの「神経細胞(ニューロン)」がある。「ニューロン」は、神経系を構成する細胞で、情報処理と情報伝達が主な機能、あるいはこの2つの機能に特化した細胞だ。入力刺激(情報)が入ると「活動電位」を発生させ、他の細胞に情報を伝達してくれる。

脳内で意識しなくても勝手に行われている「活動電位」とは、なんらかの刺激に応じて細胞膜に生じる一過性の膜電位の変化のこと。化学用語になるけれど、主に「ナトリウムイオン」と「カリウムイオン」が関係している。これは脳内だけでなく、さらに動物だけでなく、植物でも行われている“変化”という。

もうちょっと「活動電位」について調べてみる。と、結構生命体の奥深さ、面白さを知る。細胞の内と外の間では、「電位差」が常に存在している。電圧の差のこと。僕らそのものを成り立たせる細胞一つ一つに、電位があり、この電位差がなんらかの刺激によって一時的に逆転する。この現象を「活動電位」という。

三省堂の「大辞林」は「活動電位」についてこう解説している。「生体の活動時に神経・筋肉など興奮性組織に発生する膜電位の変化」のこと。「興奮部は静止部に対して負の電位を示し、電流(活動電流)が流れる。動作電位」。……。余計混乱してしまう。でもこの「活動電位」については、僕らは高校生物で習っているはずだ、覚えてないけれど。

まあとにかく、僕らのニューロンたちは、僕らの魂以上に賢くやっているのかも知れない。ニューロンたちは気付かないうちに、今も、この瞬間も、やや理解不能な「活動電位」を繰り広げてくれている。そのお陰で、僕ら自身に情報が蓄積されていく。無意識であろうが、意識していようが。

このニューロンは、ヒトでは小児期に増殖する。神経幹細胞が盛んに分裂して分化することで増えていくのだけれど、やがてそんなに増殖しなくなってしまうようだ、残念なことにも。そして増殖したニューロンは分化が進ませながら、「軸索誘導」によって特定の位置の特定の細胞に「軸索」を伸ばし、シナプスを形成。神経回路を形成していく。

そもそもこのニューロンたち。主に3つの部分に区分けできる。細胞核のある「細胞体」、他の細胞からの入力を受ける「樹状突起」、他の細胞に出力する「軸索」。いまさっき出てきた「軸索」は、他の細胞に出力するものになる。「樹状突起」と「軸索」は両者をまとめて「神経突起」とも言う(by wikipedia先生)。

ではニューロンたちの楽園、「脳」とは何か。解剖学的にまとめると、こんな。「頭蓋内腔の大部分を占める器官」「成人で体重の2%ほど」「つまり1.2~1.6キログラムの質量」がある。「約300億個の神経細胞を含むがそれは脳をなす細胞の1割程度」。「残りの9割はグリア細胞と呼ばれるもの」(by wikipedia先生)。

また脳は、大きく「大脳」「小脳」「脳幹」に分けることができ、「大脳」はさらに「終脳」と「間脳」分けられ……。なんだか話が大きくなり過ぎました。ま、いっか。いや、良くないよね、いやいやいいよ、なんていうせめぎ合いも、僕の脳内で起きている現象です。

そして「思想家」たちは、この脳内現象をフル回転、フル出力していったのですね。逆にこの脳内現象をフル回転、フル出力していった人物たちを、僕らは「思想家」と呼んでいるのかも知れないし、そうでないかも知れないし、なんてゆー“せめぎ合い”@僕の脳ミソ。

◇つづく